『経験・言葉・虚構』(12)

それでプリンストンとハーバードと東大はひっくり返ってしまってですね、
人類数千年間の言語活動が一挙にひっくり返されたような思いになって、
呆然として奄美大島に帰ってきて、
そこでまたお酒飲んで呆然としている私とあって、
それでこうゆう話を聞いて、
僕も実は近年ああゆうショックを受けたことがないんですけども、
ひどいショックを受けて、
それからその話が忘れられない。

大体どの民族、
古今東西どの民族の民話を読んでもですね、
浦島さんにしてもカチカチ山にしても、
あるいはジャックと豆の木にしたって、
家庭があったり、
少年がいたり、
悪魔が出てきたり、
善と悪がたたかったり、
とかこうゆうことがあって、
現世の現実を、
いくらかバリエーションを、
あるいはおおいにバリエーションをつけて、
それを語る。
とゆうことで意識の空間を埋めていく。
で別の空間を創りだす。
こうゆうのが民話の根本的な衝動だろうと思うんですけど。

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