『経験・言葉・虚構』(19)

そうするとこれを克服するために何故文字を選ぶか、
ということが問題になってくる。
今までのが例え話で、
これからが現理論になるわけですけども、
色んな解釈のしかたがあるんですけれども、
そしてどの解釈も先に申し上げたように
少しづつ真実であるが、
その全部を合わせても、
言語とゆうものの衝動を解説することはできないんですが、
私がよく考えるのは、
好きな考え方というのは、
こうゆう考え方なんで‥

例えば言語とか文字とかゆうものが出来なかった、
出来ていなかった昔、時代があって、
その時ライオンという文字は出来ていなかったし、
ライオンという言葉も出来ていなかったわけですね。
するとライオンとは何かといいますと、
強いて解説すると、
強力な脚をもち、
鋭い爪をもち、
ものすごい牙をもっている、
混沌とした恐怖のかたまり。
速くて、痛くて、鋭い、恐ろしい混沌のかたまりなんですね。
ライオンじゃなかったわけです。

ところが一度これにライオンという言葉をつくって
あてはめてしまいますと、
ライオンはどうなるかというと、
人間の意識の中でかわってしまう。
やっぱり依然として、
鋭くて、速くて、恐ろしい牙をもっているけれども、
ただの四つ足の獣にかわってしまうわけですね。
ここで克服できたわけです。

これが文学の始まりなんです。
と私は考えるんですけども、
そうゆう考え方の方が私は好きなんですね。

0 件のコメント: