『経験・言葉・虚構』(23)

手垢にまみれた言葉という表現がよくありますけれども、
手垢にまみれた言葉でつかってはいけないんで、
ページを開いたときに、
活字の字母を新しい鋳造機で、
つくったばっかりの活字で組んで、
ページをつくったという感じのするような、
そうゆう明晰な、
澄明な感覚が私は好きなんですけれども、
それには手垢にまみれた言葉というものをつかってはいけない。
それから使い古された言葉もつかってはいけない。
といってしかし、
普遍性のある言葉も選び出さなければならない。
色々苦しんで、
お酒を少し、
水を少し、
お酒を少し、
水を少し、
と毎晩考えるわけですね。

お酒を飲み過ぎるといい言葉はどんどんどんどん出てくるけれど、
自分は天才じゃないかと
いまだにこの歳になってもうぬぼれたくなる一瞬があるんですが、
明くる日になって読み返してみると、
バカバカしくなって紙くずかごへ捨ててしまう。
といって真剣の素面でやっていると、
つらいばかりで、
彼女の目だけが漂って私を苦しめるんで、
ものが書けない。
書けなければ書けないでいいんですが、
書きたい衝動があるときに書けないというのはつらい。
それで酒に力をかりる。
かりすぎてはいけない。
それで水を差すわけですね。
生湿りのマッチみたいな状態で小説を書いていくんですけれども、
これは難しいんですよ、
これを持続させなければならないんですが、
なかなかこうゆう幸福な時間は続かないんです。

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