『地球を歩く』(32)

それで夜更けに、
当時は私ベトナム語が出来たんで、
ヨタヨタヨタヨタしたベトナム語で色んなことを聞くんですが、
川漁師がやって来て、
「近頃魚が捕れなくなった」と言うんです。
「それはどういうことだ?」と聞いたら、
漁師はこともなげにですね、
「わしが思うに人間が増えたんやなぁ」とこう言うんです。
「人間が増えたって、こんだけものすごい戦争をしてて人間は増えるのかね?」
「増える増える、そら増えとるで」と言うんです。
それで一生を川で送ってきた男の、
現場の男の意見だからこれは尊重せんといかんのやろうけど、
一方あの膨大な墓場の風景が目に浮かぶから、
どうゆうことかしらんと思って迷うてたんですがね、
ベトナム戦争が終わってからですね、
北ベトナムハノイの政府が新しい政治綱領をうちだしてるんですが、
その三つ目、
人口を抑制しなければならない、
と書いてるんですねちゃんと。
それだけ人間が増えてるんです。
あれだけ殺し合いしてると思うのに、
増えてるんです人間はね。
こうゆうことがあるんです。

だからなかなか物事というのは一面で考えて、
涙流してみたり、
怒ってみたりしてもしょうがないんで、
裏の裏まで考えなきゃいけないけど、
どこまでいったら裏が無くなんのか分かりゃしない。
それで私はもう小さな説だけ書いて、
細々ともう夕日の中を歩んでる世代ですから、
とぼとぼと釣り竿担いで去っていきますけれども、
ここにいらっしゃる若い世代は、
これから色んな目にお会いになるでしょうけれども、
どうゆう時代がくるのか私には分かりませんけれども。

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